本土の港にある、ちいさな立ち食いうどん屋。
改札のすぐ横で、フェリーの時間まで、ちょっとだけ「ほっ」とできる場所。
目立つ位置に掲げられたメニュー看板には、「五色うどん」の文字。
赤・黄・白・緑・茶――五つの具材がのっていて、栄養も、縁起もよさそうな一杯だ。
聞けば、昔この港は、島に向かう人たちで夜明け前からごった返していたらしい。
その人たちに、せめてもの元気を――。
半世紀ほど前、女性の店主が五色の具をのせたのが、はじまりだったとか。
……でもまあ、そんな昔話よりも、
旦那にとってこのうどんは、「上司の味」だったりする。
30代のころ、よく叱られて、でもそれ以上に庇ってくれた上司がいた。
島出身で、情に厚い人だったらしい。
「島に帰るときは、ここで食べるのが決まり」
そう言って、この店に連れてきてくれたのが、最初だったという。
ふだんは強面だが、
その日は、やさしい出汁の香りにほぐされて、ふたりでちょっとだけ笑った――
……と、旦那は懐かしそうに語る。
たぶん、半分くらいは、出汁の湯気で記憶がふやけてるだけだと思う。
でも、いいのだ。
島に戻る前、ここで五色うどんをすすると、
あの頃の「見守ってもらってた感じ」が、そっとよみがえるらしい。
フェリーの汽笛が響くころ、
旦那はうどんのつゆを飲み干し、静かに改札へ向かった。
ワシはキャリーの中で丸くなりながら、思った。
――人間って、出汁と人情でできてるんだなあ。