🐾帰る人と残る人

鳴けば動く便利なやつら

朝、台所からじゅうじゅう音がする。
旦那が朝ごはんと、三女の弁当を同時進行で作っているらしい。
となりの部屋では、奥さんが掃除機をかけている。

ワシ(猫)はいつもの定位置、炊飯器の横。
湯気とともにただよう、団らんの終わりの気配。

ふと見ると――旦那の目に、なぜかうっすら涙。

昨日、次女が関西に戻った。
そして今日は、奥さんと長女が島を離れる。
“たつき避難”で久しぶりに5人そろった家族も、また三女と旦那のふたり暮らしに戻るのだ。

思えば、夜には一悶着(ひともんちゃく)あった。

長女がポツリとこぼした。「同級生が表彰されてさ…研究、うまくいかん」
そしてぽつり。「精神安定剤、飲もうかな」

その瞬間、旦那が語気を強めて怒った。
「飲むな。お前は、ちゃんとやってるやないか」
奥さんは、ちょっとだけ長女寄りだった。

…翌朝。

長女は、けろっと「大丈夫」と笑っていた。
その顔に救われたのか、それとも置いていかれる寂しさか――
とにかく、台所で玉子を焼く旦那の目に、しょっぱさが混ざっていた。

この数日、花火にドライブに、海辺でバーベキュー。
にぎやかだった。楽しかった。
三女と二人暮らし。ずっと、気持ちが張りつめていたのだろう。

掃除機の音が止まった。
奥さんが、何も言わずに洗濯物を干していた。
三女は、自分の弁当の包みを黙ってリュックに入れた。
長女は三女のギターを借りて、弾いている。

音も言葉も、何だかありがたく感じる朝。

ワシはというと、「カルカン18歳から」待ちで座っているのだが、
どうやら今日は、「家族が離れる音」が先にやってきたようだ。

それでも、また帰ってくる。
それぞれの持ち場に戻るだけのこと。
ワシにも、それがなんとなく、わかるのだ。

なお、玉子焼きを失敗したのは、きっと偶然である。たぶん。

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