朝、台所からじゅうじゅう音がする。
旦那が朝ごはんと、三女の弁当を同時進行で作っているらしい。
となりの部屋では、奥さんが掃除機をかけている。
ワシ(猫)はいつもの定位置、炊飯器の横。
湯気とともにただよう、団らんの終わりの気配。
ふと見ると――旦那の目に、なぜかうっすら涙。
昨日、次女が関西に戻った。
そして今日は、奥さんと長女が島を離れる。
“たつき避難”で久しぶりに5人そろった家族も、また三女と旦那のふたり暮らしに戻るのだ。
思えば、夜には一悶着(ひともんちゃく)あった。
長女がポツリとこぼした。「同級生が表彰されてさ…研究、うまくいかん」
そしてぽつり。「精神安定剤、飲もうかな」
その瞬間、旦那が語気を強めて怒った。
「飲むな。お前は、ちゃんとやってるやないか」
奥さんは、ちょっとだけ長女寄りだった。
…翌朝。
長女は、けろっと「大丈夫」と笑っていた。
その顔に救われたのか、それとも置いていかれる寂しさか――
とにかく、台所で玉子を焼く旦那の目に、しょっぱさが混ざっていた。
この数日、花火にドライブに、海辺でバーベキュー。
にぎやかだった。楽しかった。
三女と二人暮らし。ずっと、気持ちが張りつめていたのだろう。
掃除機の音が止まった。
奥さんが、何も言わずに洗濯物を干していた。
三女は、自分の弁当の包みを黙ってリュックに入れた。
長女は三女のギターを借りて、弾いている。
音も言葉も、何だかありがたく感じる朝。
ワシはというと、「カルカン18歳から」待ちで座っているのだが、
どうやら今日は、「家族が離れる音」が先にやってきたようだ。
それでも、また帰ってくる。
それぞれの持ち場に戻るだけのこと。
ワシにも、それがなんとなく、わかるのだ。
なお、玉子焼きを失敗したのは、きっと偶然である。たぶん。