🐾波の音が話し相手

海風のテリトリー

「学校、行きたくないな…」

そんな言葉が三女の口から出た日は、よくこの神社に来る。
海に向かってまっすぐ続く、ひっそりとした参道。
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)を祀る、開運厄除けの神様だ。

とはいえ、観光客も参拝客も、ほとんどいない。
ただ風が吹いて、木々がざわめき、石段の先に、ぽっかりと海が広がっているだけ。

三女のお気に入りの場所。
「なんか、落ち着くんよね」
そう言いながら、波打ち際に足をつけて、ただ、ボーッとする。
スマホも持たず、話もしない。
波の音だけが話し相手。
でもそれが、かえってエネルギーをくれるのだという。

そして今回――
“たつき避難”で集まった家族全員を連れ、三女はこう言った。

「ここに連れてきたかった」

ワシ(猫)は留守番である。

家族5人は、静かに参道を歩いた。
普段は賑やかな次女も、なぜか無言。
長女は空を見上げて、奥さんは石段を一段ずつ踏みしめていた。

そして、海。

「うわ、めっちゃきれい…」
「海、近っか」
「なんか、いい」

特に何を語るでもなく、みんなで海に足をつける。
波は、何も言わず、何も求めず、ただ寄せては返す。

海は、しゃべらんから、ええのだ。

不安も、予言も、生活も、しがらみも、
このひとときだけは全部、海の音にまぎれて、どこか遠くへ流れていく。

「ここ、三女が好きって、わかるわ〜」
「また来たいな」
「なんか、いいね…しゃべらんでいいって」

その夜の晩ごはんは、例の「寿司ネタがバグってる」(🐾すし飯はどこに)居酒屋にて。
ネタ厚切りの寿司を前に、にこにこと杯を傾ける旦那、奥さんを見ながら、
三女が口にした。

「また行こうね」

ワシはそのころ、静かなリビングで
「カルカン18歳から」を、ひとり、もくもくと食べていた。

にぎやかな団らんを離れ、
ちょっとだけ、静けさが心地よい。

タイトルとURLをコピーしました